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2014年6月15日 (日)

ドホナーニ弦四・セレナーデ全曲演奏会報告

日時:2014321(金祝)19

会場:横浜市鶴見区民文化センター・サルビア音楽ホール

1.String Quartet No.1Op.7A-dur (1899)Vn1山下早代子 Vn2守屋朋子 Va上矢綾子 Vc臼田正子

2.Serenade Op.10 C-dur (1902)Vn小原かおり Va松下恵利子 Vc田部幹雄

3.String Quartet No.2Op.15 Des-dur (1906)Vn1藤瀬公美子 Vn2遠藤奈緒美 Va新巳喜男 Vc重松卓

4.String Quartet No.3Op.33 a-moll(1926)Vn1吉田和道 Vn2澤崎祥子 Va園池由香子 Vc菊地史郎

 APAでは近年、ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会に加えてブラームス、メンデルスゾーンといった我々室内楽愛好家にとって欠かせない作曲家を取り上げて演奏会を催してきました。

 

今回、こうした大作曲家の後、いわばマイナーでマニアックなドホナーニを取り上げて、彼の室内楽7曲の中からピアノ入りを除く弦の4曲を演奏する企画を組みました。以下、その経緯や意義、そして参加者の演奏後の感想を折り混ぜて報告いたします。  by Yoshida

 

1.「ドホナーニとの出会い」

今回この企画を立ち上げるにあたって実際に「ドホナーニってなぁに?」「今、どほーしてドホナーニなの?」と何人かの人から質問を受けました。

私自身の出会いは1999年にオランダ・Orlando Festival www.orlandofestival.nl/en)に参加した時に遡ります。この音楽コースはドイツ国境に近いオランダ南部ロルデュック村にある修道院にて毎年開催され、200人以上のマスタークラス組から純アマチュア組の参加者と数組の先生方(そのころボロディンカルテットやボザールトリオらが毎年来ていた)が一堂に集まり、それも何と全員修道院に宿泊、約10日間の室内楽の合宿を行うという大規模なもので、私はオランダ人のカルテット仲間と初めて参加したのですが、その時に持ち込んだのがドホナーニの弦楽四重奏曲第1番でした。曲を最初に言い出したのはビオラ弾きで、ロマン派的な甘美なメロディーとわかりやすい構成で親しみやすい曲と感じ、全員すぐに気に入ったことを覚えています。

その3年後には所属していた市民オケの団内演奏会でセレナーデ(弦楽トリオ)を弾きましたが、この曲はドホナーニの最高傑作であると同時に弦トリオの最高作品でモーツァルトのトリオを凌ぐ出来映えとまで言われる曲であることを教わりました。

こうした過程の中で、ロマン派の頂点であるブラームスの室内楽の世界に親しんだ後に何があるのだろうと試行錯誤した時期がありました。マルティヌー音楽協会の会員になって情報をあさったり、ショスタコビッチのカルテットを何曲かやり、ストラビンスキー他20世紀初頭の私にとって初めての作品も色々手掛けたのですが、現代曲は親しめるメロディーがない、技術的にアマチュアカルテットには無理がある、などのことから、結論的にポスト・ブラームスNo.1はドホナーニしかないのではないか、と思うようになったのです。室内楽曲はわずか7曲しかないのですが、その全てが宝石のような輝きがあります。今回の企画を考えた後、私は弦楽四重奏曲の2番と3番をやったことがなかったのでアマチュアにはかなり難しいと云われる3番をやることに決めました。

 

2.「ドホナーニのカルテット」解説

今回の演奏会では作曲時代順に曲目を並べました。(以下プログラムより転記)

 

  String Quartet No.1 Op.7 (1899)

22歳の時にかかれたこの弦楽四重奏曲の構成は後期のハイドンの形式を引き継いでいるが、ブタベスト音楽院を設立したフランツ・リストの技法の影響がある。曲想的にはブラームス風の美しいメロディーとハンガリーの民族的要素が一体となっている。モーツァルトやメンデルスゾーンの音楽を彷彿させるメロディーラインにジプシー的な要素が加わって独特な音楽を作り出している。全音階法などの新しい技法も取り入れ、後期ロマン派からの脱却を目指す彼独自の作風が新鮮に映る作品である。

 

  Serenade (String Trio) Op.10 (1902)

彼の代表作で、演奏技巧を極限まで追求した作品で、ブラームス譲りのロマン的抒情性に溢れているが、ヴァイオリンが突出することなく、ヴィオラやチェロの中低音が充実している。したがって、3つの弦楽器だけなのに、かなり厚味のある響きを聴かせている。五楽章の中に、極めて技巧的なモダニズムとスタイリスティックなバラードからマジャール民族舞踊的な響きやジプシー的な即興も現れ、同時にバロック的な輝きやハイドン風なロンドなどもちりばめられた弾き手をも楽しませてくれる。弦楽トリオとして最高峰の一品である。

 

  String Quartet No.2 Op.15 (1906)

この2番までしか書かれていない頃、コベット氏はこの作品に対して「現在存命中の作曲家のものでアマチュアに喜ばれる最も素晴らしい作品」と言っている。短いAndanteを所々に含んだAllegroScherzo風のPresto-Molto Adagioの終楽章という変わった構成で2つのヴァイオリンがやや困難な障害を克服しなければならない、しかし全体を通じて旋律が美しく、印象的、しかも非常に誠実な作品である 。(「クワルテットの楽しみ」より)

 

  String Quartet No.3 Op.33  a-moll (1926)

ハンガリーの色調がずっと濃くなった、情熱的で長いAllegro agitato e appassionatoはその中に恋唄ともいうべき甘いメロディーが挿入されている。Andante religiosoは変奏曲形式、終楽章は生き生きとしたユーモアのあるもの、特にヘ長調のエピソードが良い。この作品も練習すれば充分演奏可能である。(「クワルテットの楽しみ」より)

大戦後の世界で彼の独自性を保ちつつ、近代ドイツモデル(M. レガーら)への転換を試みている。その結果、古典的なハーモニーを離れてどこまでも解決しない不協和音や異なる体位旋律が曲を支配しているところはシュレッカーやヒンデミットの作風を感じさせる。2拍子3拍子の韻律平行進行が頻繁に生じており、新ウイーン派(Schoenberg)の音楽に通じるものをも感じさせる。

 

このように、1899年に書かれた第1番では、ブラームス風の美しいメロディーに、ハンガリーの民族要素を少しだけ加えた表情豊かな作品で、ちょっとだけドヴォルザークの雰囲気も感じさせる面白い曲でロマン派の延長にある作品といえます。3年後にかかれた第2番では自身の作風がより鮮明になり、それから24年経った1926年に書かれた第3番は、より洗練された構造と、新古典派風の活気に満ちた楽想が自慢の曲。冒頭こそロマン派風ではあるが、ぶつかりながらはじけ飛ぶ音の粒は、満たされない気持ちを語るかのように、何かを強く訴えかけてきます。

 

3.「ドホナーニの略歴・ブラームスとの出会い」(一部Wikipediaより引用)

1877年、オーストリア―ハンガリー二重帝国時代に現在のスロバキア・ブラチスラバ生れ、F.リストが設立した王立音楽院で学ぶ。当時ピアニストとしても有名でHリヒターの招聘で21歳の時にロンドンに行き2か月の間に32回のコンサートを持った。22歳の時ウイーンで最優秀ピアニストに与えられるベーゼンドルファー賞を獲得している。長岐にわたりブラベストを中心に指揮活動も行っている。

作曲家としても早くから頭角を現わし、ブタベストではバルトークやコダーイらと作曲を学んだが、1895年ウイーンでブラームスの講座を受けていた時に、彼の作品1番のピアノ5重奏曲がブラームスから直接絶賛を受けた。この時ブラームスは62歳、円熟の大作曲家から直接賛辞を受けたことはその後の活動と作風に大きく影響したものと思われる。

第二次世界大戦後、ドホナーニはアメリカ合衆国行きを余儀なくされた。戦時中は、2人の息子がナチス・ドイツと戦っていたが、ドホナーニ自身はホルティ独裁下のハンガリー王国に留まり続け、非政治的姿勢を貫き通しながらも、その半面で自らの発言力を駆使して、ユダヤ系の音楽家を庇い続けた。しかし1944年になって連合軍の戦火も激しくなり、オーストリアに遁れ、その後アメリカに渡りフロリダで10年に渡って教鞭を執った。尚、同大学では、近年、エルンスト・フォン・ドホナーニ記念祭が催されている。ドホナーニは、子孫が著名人になっただけでなく、その門下からも、アニー・フィッシャーやゲザ・アンダ、ミッシャ・ レヴィツキなどの往年の名ピアニストや、フリッチャイやショルティらの国際的な指揮者を輩出した。指揮者として活躍しているクリストフ・フォン・ドホナーニはエルネーの孫にあたる。

彼は人呼んで「ハンガリー最後のロマン派作曲家」、当時最もポピュラーなピアニスト・指揮者・そして作曲家だったのです。

 

4.「作風-ブラームスの影響」

ドイツ音楽の巨匠晩年のブラームスに若くして才能を認められたように、後期ドイツ・ロマン主義の作風を引き継いでおり、同時代の「ハンガリー民族楽派」(愛国的)の音楽家と云われるバルトーク(1881-1945) やコダーイ(1882-1-67)の時代を先取りした前衛的な作品を支持つつも、ドホナーニの創作姿勢は、西ヨーロッパのクラシック音楽の伝統により深く根ざしており、とりわけブラームスの痕跡が歴然としていると云われます。

ロマン派時代の伝統から厳格で重厚な書法を受け継ぎながらも、民俗的要素を感じさせる濃密な旋律や和声書法によって、独自の様式が確立されている。特にヴィオラはブラームスと一緒でとても美味しい!といわれます。

今回、彼の弦楽四重奏曲第3番を練習して、たくさんの発見がありました。一言で云うとこれだけ奥の深い音楽はないのではないかとさえ思いました。ブラームスのように音が重厚で、各パートが微妙に違う音楽でもって進行しており、不思議なことに音がぶつかっていないので、メロディーが美しいのです。例えば、第1楽章は6/8Allegroですが、三連♪で進行している人と3つ(三拍子)の人と4つに刻んでいるパートが同時進行です。私はメトロノームで1章節を早い6つで叩かせ、同じところを2つ、3つ、6つと聞き分けながら弾けるよう、どのパートとも合うよう特訓しました。こうした練習は初めての経験で勉強になりました。

細かく移調するのも彼の音楽の特徴で、そのため臨時記号が多く、4人が一人でも間違えると和声が壊れる危険もありました。このようにブラームスよりさらに誇張された和声の細かい移調と複合的な旋律が特徴と云えます。練習過程で半音階が続くところや、全音階のスケールがうまくハモらないことも多々ありました。

 

5.「今後の活動に関し」

APAの使命と云うと大げさですが、世の中にはベートーベン、モーツァルト、ブラームスと云った巨匠の他にも星の数ほどの作曲家がいます。余り知られていない作曲家、埋もれた曲を掘り起こして世の中に紹介し、アマチュアだけでなくプロの音楽家にも知らしめていくことは、千人以上の会員を要するAPAのような団体でしかできないのではないでしょうか。プロの団体は興業の面から客受けする曲・作曲家を持ってこなければならないからです。我々は勇気を持って未知の世界を切り開いていくことが求められていると私は常々感じています。

何人かの方々から来年はどうするの?と聞かれています。今回取り上げなかった7曲のうちの残りの3曲の室内楽はピアノ入りで以下の通りです。それぞれ優れた作品でかつ、人気のある曲ですので、会場の確保等準備が整えば、同じ時期に演奏会を催したいと考えております。

 

 弦楽四重奏曲 第1,2,3番、セレナーデに加えて、

 ピアノ、クラリネット、ホルン、弦楽のための 六重奏曲 作品37 (1935)

 ピアノ五重奏曲 1 ハ短調 作品1 (1895)

 ピアノ五重奏曲 2 変ホ短調 作品26 (1914)

 

6.「参加者の反応」

Sさん)

ドホナーニの弦楽四重奏曲、Youtube動画で見た我がパートのカッコ良さにチャレンジ精神をかきたてられてお引き受けしたものの、個人練習を始めてすぐに後悔、自分に弾きこなせるのか?合奏してみると縦の線もハーモニーも複雑で、どう弾くのが正解なのか?? スコアをにらんでの試行錯誤が続きましたが、全員での練習や分奏などを重ねるうちに、徐々に霧が晴れていくかのように、30分の演奏時間の中に詰まっているあれやこれやの理解が進んでいった気がします。本番は音響のすばらしいサルビアホール。譜めくり事故を起こしたり、突然(緊張のあまり?)鼻水が出てきたり(鼻血かと思って一瞬ヒヤリ)、個人的には色々あったのですが、後で動画を見たら、上手下手はさておき一体感のある演奏ができている・・メンバーの4人でああでもないこうでもない、と検討してきたことが、実を結んだのだなあと感慨ひとしおでした。

それにしても、昨年末まではドホナーニなんて、P5を部分的に弾いたことがある程度で、意識の片隅にもないようなものだったのですが、3か月後には脳がどっぷりドホナーニ漬けになろうとは・・ とてもインパクトのある好企画だったと思います。他の弦楽曲も皆すばらしいことが分かり、今後の楽しみが増えました。ドホナーニに開眼させて下さった吉田さんにお礼を申し上げます。

 

Yさん)

「どほなあに?」というセリフが飛び交った末に、女性4人のドホナーニ No.1カルテットが結成されました。4人とも名前の知られている作曲家によるカルテットは一通り弾いてきましたが、このドホナーニは初めてです。楽譜を見ると、シャープやフラットがいっぱいついていて、なかなか音程を取るのが難しい。一人で弾いてもはたして正しい音を出しているのかはなはだ不安で怪しい。音源を聴くと、美しくはハモっているので、ハモるはずだと最初の練習に臨みましたが、う~ん、何か違う。それからは毎回合わせるための格闘が続きました。本番まで何回かの練習を持ちましたが、千葉住民と埼玉住民がいるため、練習の場も千葉だったり埼玉だったり・・・。でも回を重ねるごとに皆ドホナーニの音楽の素晴らしさに傾倒していったと思います。演奏会当日には怪しい音を克服し、妖しい音で迫ることができたのでは、と自負しております。

指揮者でありピアニストであり音楽教師、学校管理者として多忙な日々の合間に、数々の作品を残したハンガリーの作曲家ドホナーニ。音楽学校ではバルトークと同窓生だったそうですが、ドホナーニ自身はブラームスの流れを汲む19世紀ロマン主義音楽の伝統に忠実であり続けたと言われています。メロディーのところどころにスラブ的な色彩が出ていて酔わされます。ヨーロッパではドホナーニ後援会ができているとか。日本ではあまり知られておらず、演奏される機会も今まで少なかったですが、これからファンが増えそうな予感がします。(美魔女軍団カルテット)

 

Oさん)

 ドホナーニの作品について;名前は聴いたとこがある程度。

 ドホナーニの作品について;和音進行が独特!ヴァイオリンをトリオで担当した。私はオケや弦楽合奏に全く面白さを感じない人種なので独りきりでパートを預かれる、それも旋律を。喜ばしい体験でした。次回もドホナーニの演奏会に出たいです。

 合わせてみて苦労した点は、メンバーが練習に来ないこと。

 

Mさん)

  ドホナーニの作品について、名前は聴いたとこがある程度。

 ドホナーニの作品について、なかなかおもしろいと思いました。はじめて取り組む作曲家で、ときどき演奏会にも取り上げられるほどにはメジャーな作曲家でもあるので、興味を維持しながら練習できた。グループの価値観をすり合わせてまとめていくプロセスは、大変でもありますが、そこにおもしろみがあると思います。
 一緒に弾いてくださる方をみつけるのが大変ですので、誘っていただいて、何回か一緒に練習できてよかったと思います。いろいろなテーマを単発でもいいので、コンサートを最終目標として企画することは、いいと思います。
 次回参加するとして;ドホナーニの場合は今回とは違う曲、それ以外の作曲家なら、例えば_ドボルザーク
 予約演奏の形式ですと、その場限りで詳細な詰めができないのですが、演奏会を最終目標にすることで、質を上げる練習ができるので、いいと思います。ですので、何回か一緒に練習できることが大前提になると思います。練習回数を確保することで、曲のイメージつくりを一緒に行っていく楽しさが出てきます。それには一緒に音楽を作っていこうという姿勢が必須です。コンサート出演それ自体が目標になってしまっている人も見受けられますので、そこのコントロールがうまくできるかどうかが、企画の成否を分けると思います。

Eさん)

 ドホナーニの作品はよく知っていた、

 ドホナーニの作品について;P-5の2曲とセレナーデしか弾いたことがなかったのですが、独特のメロディーが素敵で、難しいですが好きな作曲家の一人です。

 内容的に難しい点、勉強になった点;音程の取りかたがとても難しいです。弦4は初めての経験でしたので、合わせ方も難しく苦労しましたが、勉強になりました。

 合わせてみて苦労した点;テンポ表示がよく変わりますし、1st Vnの弾き方にとにかく合わせなくてはならないので、2nd Vnの私にとってはとても難しく、練習の始まりの頃は全く分かりませんでした。      

APAの活動としてこのような演奏会は; アマチュアとしてとても良い企画だと思います。

 それ以外の作曲家の演奏会をのぞむとしたら; ドヴォルザーク、シューマン

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